教わるのが当たり前だったひと
さて、先日
「教わり上手な人は教わるのが嫌い」という名言を放ったコーチ。
そして、
「教わり下手な人は教わるのが好き」ということに私は気づいた。
なんだこのパラドクスは。笑
その違いは何?
教わるのが当たり前だと。
教えてくれたことが答えだと思いがち。
そもそも、前提が教わってからやるということはあまり頭を働かせなくてもとりあえずはできてしまう。
とりあえず、形にはなるのだろう。
そう、想像力とか使わなくてもいい。
知恵を絞らなくてもいい。
段々、頭を使わなくなり誰かに頼らないといけなくなる。
もしくは、ずっと同じ場所に留まり続けることになる。
本当はできることもできないと思い込んでいるのかもしれない。
それすらわからなくなる。
本当は些細なことでも自分で発見したり気づけば自信もつく。
小さい頃、自分でやってみたかったのに、周りの大人にやられてしまい楽しみを奪われた!と憤慨したことを思い出した。笑
そんなのが続くとやる気も削がれていきますね。
私がなんとなくつまらないなあと感じていたのはいつも誰かの出した答えを追いかけるような感覚がつまらない、イヤだなあと感じていたから。
そしてそれがどこからやってくるのかといえば、教わるのが当たり前という思い込み。
誰かが答えを知っているという妄想。
小さなことでも自分でやってみたり調べたり考えてから教われば何倍も吸収できるはず。
そもそも自分で気づきたい。笑
そこ!
さて、楽しみを取り戻そう〜。
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